深夜。
壊れたように鳴り狂うインターフォンに叩き起こされた。とは言っても、ソファでうとうとと浅い転寝を繰り返していたのだが。
無遠慮なインターホンが止むのを待っているのはそれだけで近所迷惑になるため、北見は苛立ちを隠しもせずに受話器を取った。
「き〜たみせーんせ〜」
ぴきん、と、こめかみの血管が引き攣ったような感覚を覚える。
モニターに写るのは予想通りの相手。
かなり出来上がっているらしい。陽気そうな笑顔が赤く染まっていた。
苛立ちが怒りに転嫁するのにさしたる時間は要とせず、北見は大股で玄関に赴いて扉を開けると、すぐ近くでぽかんと見上げている子供のような造作の男の襟首を掴み上げるなり、乱暴な力で部屋に引っ張り込んだ。
相手は――テルはうわっとか悲鳴を上げて玄関に倒れこんだが、北見は一切構わず、騒々しく玄関に倒れる彼の動きとは対照的に音を殺して玄関を閉める。今すぐにでも怒鳴りつけたい衝動を押し込めて鍵を掛けた北見は、起き上がって来たテルにいきなり抱きつかれた。
「おいっ!」
不満もあらわに怒鳴るが、相手は近付くだけでアルコール臭漂う、重度の酔っ払い。
がしりと北見にしがみ付いたまま、器用に寝息を立てはじめる。
「…………」
凄まじい自分勝手な振る舞いに、最早、呆れるを通り越して微笑ましくすら思えてきた。実際、子どもが駄々をこねる時のように、腰にへばりついているテルの寝顔は脳天気で、そのマヌケ面に思わず毒気を抜かれてしまう。
ただ、つい先ごろまでに及んでいた面倒な思考に関わっているだけに、苛々と逆立つ感情は収まらりきらず、とりあえず一発殴っておく。
案の定、目を覚まさないテルは少し不快そうに眉を顰め、殴られた箇所を確かめるように撫でていた。
和室に布団を敷いてやるのも面倒で、北見はテルを抱え上げて、ベッドに放り投げる。
「…………ん……」
乱暴に扱われても目を覚まさないこの無神経さはどうだ、と北見は苛立ちに任せてテルの身体に乗り上げた。
その気はまるでなかったが、気晴らし程度のイタズラをしてやりたくなったのだ。
「……ぅ〜………」
いつもより身体を密着させると、テルが加重に呻き声を上げる。
指先で頬に触れ、手の平で頬を撫でると、ふわりとテルの表情が緩んだ。
瞬間、北見はなぜか慌てて身体を離してしまった。
泥酔するとどこでも眠り込むが、酔うと絡むように求めてくる。
最初は、いつだったかの夕食から帰った後。
食事の最中、強かにワインを煽っていたテルは、北見の家に着くなり、半ば襲うように北見をソファに押し倒した。
北見が面食らっていると、耳の後ろから首筋にかけて滑らせるような口付けを見舞って来て、それを黙って見ていると、指でぺたぺたと、全く慣れていない手つきながらも、肌に触れてこようとするので、北見は少し静観してみることにした。
そうして、しばらくは撫でるように服の上から北見の胸元をまさぐっていて、口付けも鎖骨まで下りてきていたが、そこでテルの手が止まった。
見れば、困ったように目元を赤く染めて、小声で「北見……」と呟く。それでも黙っていると、今にも泣きそうな顔で首に抱きついてきて、消えそうな声で「……さわって」と囁いてきた。
唐突に意地悪をしてやりたくなった北見は、これも黙っていた。
ただ、意味を量りかねるように片眉だけを跳ね上げる。
短い交錯の末。
テルは口をへの字に曲げて、強引に唇を合わせてきた。
躊躇いがちに舌を絡めてくるのも好きにさせていたが、あまりの要領の悪さに悪戯に舌先を甘噛みすると、テルは背中を跳ねさせて離れる。
しばらく北見を上目遣いに睨み付けていたテルが、そろそろとボタンに指をかけてくるのを興味津々と見守っていると、たどたどしい動きながら時間をかけて、ようやく三つほど外したところで再び首筋に唇を滑らせてきた。
猫が擦り寄ってくるような、まるで安心するような温もりがくすぐったくもあり、心地よくもあり、北見は瞳を細めて大人しくしていた。
拙い手つきと唇で、精一杯熱を伝えてこようとする。
うわ言のように名前を呼んで、熱を持って触れてくる。
驚くほど求めてくるテルに極力触れないよう、テルからの熱を味わう内に、やがてもどかしげに焦れて、切なく変化する呼び声。
そうして焦らして焦らして、最後はたまらず泣き出してしまってから、北見はようやくテルに触れる。それも、必要以上に刺激を与えない程度に。
そうしてたっぷりと苛めて、結局主導権が明け渡されてからも、北見はいつもより素直に求めてくるテルを執拗に追い詰めて遊ぶ。
もう止めて、許して、と泣きながら懇願されて、その頃にようやく望みを叶えてやると、テルはそれだけで失神してしまった。
翌朝、目を覚まして一番に言われた言葉が『へんたい』だったのを覚えている。
完全に記憶がないわけではないらしいテルは、懲りたかと思えば、忘れた頃に失態を繰り返した。
それを見る限り――少なくとも、北見に圧し掛かってくるテル――を見る限り、明らかな拒絶はないように思われた。
緩んだ口許から幸せそうに何かを呟いているテルを見て、窮屈そうなネクタイとベルトを慎重に抜き取る。
ついでに胸元をくつろげ、シャツの裾をスラックスから抜き出しておいてやる。
泥酔して、しがみ付いて来て、頬を撫でると微笑む。
眠っている時に、頭を撫でてやると同じ顔で笑ったのを思い出した。
それを見るたびに、自分は表情が緩むことも自覚していた。
そうして見せる顔と、頭からこびりついて離れない言葉とが、同時に甦る。
『 と寝たんです』
勝手にすれば良い。そう思った。
あの時、へらへらと告げてきたテルの笑い顔に何と応えるべきか、迷った。
結局、何を言うこともなく出勤するテルの背中を見送ったのだが、それからずっと、どろどろとした粘質の苛立ちが止まない。
今まで勝手にやってきたことは自覚している。
理由もわからないまま手を伸ばし、からかうように触れた。
最初は、それは酷いものだった。
それでも、テルが何も言わないのを良いことに、知らない振りをして誤魔化して、今もそれは続いている。
全てが自分の身勝手で成り立っていて、今の状況に、決して満足していないだろうテルに求めるものは、あまりにも多すぎる。
だから北見は、終わらせる時くらいは、テルに選ばせてやろうと思っていた。
限界はもうとっくに過ぎているのかも知れなかった。
けれどテルからのはっきりとした拒絶が示されない限り、北見は自分の勝手を通し続けるしかない。
『終わりの言葉』なら、構いはしなかった。
むしろ望まれた言葉であったかも知れない。
しかし、あの時のそれは、北見の感情を逆立たせることしかせず、今、幸せそうに眠る、こどものような男を見るにつけ、怒りは相乗に煽られる。
泥酔するとどこでも眠り込むが、酔うと絡むように求めてくる。
時に北見が瞬きを忘れるほど。
その姿を。
四宮も知っている、と思うだけで。
胸に留まり続ける、鉛のように鈍い錘が、北見を酷く苛んだ。
苛立ちは止まない。
「1」より、三日ほど経過。意外にしつっこく悩む北見先生(笑)。