= リアルままごと =
「おーさっふねー。遊ぼうぜー!」
いつものように階下から呼び掛けてくる元気の良い声に、長船は易く応じる。
幼馴染の蓮の存在は長船にとっても楽しい存在であったから、そんな蓮が時折奇行まがいの行動や突飛な言動をしていたとしても、縁を断つほどのものではなく、彼らの友情はその当時から揺ぎ無い確信的であった。
長船は、蓮との友情は永遠に続くものと思っていたし、そうなるための努力をすることに、何の疑問も疑念も浪費すら感じていなかったからだ(それを後悔するのはもちっと後になるが)。
そんなだったので、蓮の遊びの誘いには当たり前のように乗った。
ハンガーから上着を抜いて駆け足で階段を降り、立ち止まる時間すら惜しんで親に「遊んでくる」とだけ投げて出て行く。
「お待たせ蓮くん!
……何? その大きな袋」
「ん? これか?」
言いながら、塀に凭れていた蓮は背中を離し、長船に指摘された一抱えもある布の袋を抱え直した。
「今日はこれ使って遊ぼうと思って」
「なに? 何かの道具?」
興味深そうに、蓮の手元を覗き込んでくる長船に、蓮は意味の知れない笑みを浮かべる。
「うんそう、道具。
早く公園行こうぜ」
蓮の笑みの意味を、この時の長船は図ることができなかった。まだ付き合いが浅いせいなのか、純粋なだけか。どちらにしろこの辺りから、蓮は様々な意図――単純な嫌がらせや悪戯や、複雑な好意すら――、を言外に含ませるようになった。
「だからねえ、何なのそれ?
今日は何して遊ぶの?」
目的の公園についてすぐ、蓮はベンチに座って抱えていた袋を膝に乗せた。大概のものはあしらうように適当に扱う蓮が、珍しくその布の袋を大事そうに抱えていることに長船はいたく興味を惹かれた。
「うん、今日はね、ままごとやろうと思って」
「…………ままごと??」
「そう。長船がパパで、オレがママー。
そんで、二人のベイビー」
「ほにゃあああー!」
袋から取り出された赤ん坊が、蓮の腕の中でほにゃあほにゃあと泣き声を上げた。
「れ、れれれれれれっ、れんくん
!!!!
それっ、それそれ、それ、赤ちゃん!」
「そーそー慧。オレの弟」
「いや知ってるよっ!
そうじゃなくて、赤ちゃん連れ出して大丈夫なの
!?」
長船の悲鳴じみた声に、さあ、大丈夫なんじゃない? とか適当に返す蓮。彼にとっては、長船の問いよりも弟が泣き喚き続けることが気になるらしかった。
「慧、機嫌悪いなー。ほーら、今からお前はオレと長船の赤ちゃんなんだぞー?
ままーでちゅよー、けいくーん」
余計泣くよ蓮くん。
むしろ自分の方が泣きたい気持ちで、長船は長い溜息を吐く。
そんなこちらの気持ちなど、少しも汲んではくれない蓮は赤ん坊を抱き直す。
「だめだなー。よし、長船っ。
長船のおっぱい飲ませてやれよ」
「は??」
「きっと、お腹が空いてると思うんだ。
だから、長船んがおっぱい飲ませてやれば落ち着くぜ、絶対」
『絶対』の後に「なんてそんなことはないけどな」くらいの気を利かせて欲しい。そしたら冗談なんだと思い切り笑い飛ばせたのに、生憎、蓮は本気だった。
「なんでっ! なんで僕がお、おおお、おっぱいとかなの!
ぼ、ぼく、男だよ? 子どもだよ! 出るわけないじゃん!」
長船は裏返った悲鳴を上げた。
それにまた余計に反応して、慧が泣き止まなくなる悪循環なのだが、そこまで気が回らないのは長船のせいではないだろう。
「バカだなぁ、知らないのか長船。
男もミルクが出せるんだぞ?」
朗らかな笑顔で、大層品のない台詞を吐く小学生もいたものだが、長船の方は彼ほど耳年寄りではなかった。何を言われたのか、反芻するように一瞬眉をひそめて、それからすぐに首を振って否定する。
「うそだっ! 蓮くん、ぼくに嘘ついてからかうつもりなんだ」
「なんだ、長船知らないのか。
まあ、でもそうだな。長船のミルクが飲めるのはオレだけだもんな。
じゃあ、オレのミルク飲むか、慧?」
「…………何だか良く分からないんだけど、
多分それだけは絶対にやめたげた方が良いと思うよ、蓮くん」
「そうか? まあ、そうだな。
オレのミルクも長船専用だしな」
「えーと……良く分からないんだけど、それもやめてくれる?」
何となく嫌な悪寒を感じつつ呻いた長船は、とりあえず蓮から慧を取り上げた。蓮がこの産まれたばかりの弟のことは可愛がっている方だとは思うが、その感情は、犬や猫のそれに近い。
あくまでも自分が主体で可愛がる彼は、振り回されるより振り回す側の人間だ。
そんな兄の元に産まれてきた弟への同情を想いながら、長船は、理解していないと思いつつも、慧に呟くのだ。
「……強くなるんだよ、慧くん」
キミの生きる道には、どれほどの苦難が待ち受けているか知れないけれど、強くなることだけが、キミ自身を守ることだから……
「長船ー。
慧、泥団子食べると思う?」
「ばあやさぁーーん、誰かぁーッ!
鬼っ子がー
!!!」
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幼稚園か小学生の頃の仲良く遊んでる蓮蘭の二人。弟は常に被害者だと思う。