= 十年越しのプレゼント =




ああそう言えば。
眠りに落ちる前に、長船はとろんとした思考で思った。
――今月は蓮さんの誕生月だ――

はて、いつからだろうか。
蓮はあまり『物』を要求しなくなった。
何か欲しいものはありますか? と訊くと、必ず一言目は「愛が欲しい」とほざくので、無言でただ『まともな答』を待っていると、例えばある年は、どこそこで食事だ、ある年はコンサートのチケット(二人分)だとか。

まあ確かに金には困っていないので、長船から買ってもらわなくとも、欲しいものはカードが何とかしてくれるのだが、この日を毎年祝って来た長船にとってみれば、「二人で一緒に出かけて楽しかったね」は、いつもやっている事なので、ただ言われるままに連れ立って、ただ「おめでとう」を言うだけの誕生日は味気なく感じる。
ただ、長船にとって忘れてはならないのは、自分達が大概とうのたった大人の男同士であると言うことであって、恋人でも愛人でもないと言うこと。誕生日なんて忘れていても構わないのが普通だ。
それでも長年の尽くし癖か、誕生日とクリスマスを外したことのない長船だった。

はてさて、今年は一体何を要求されるのか、と、苦笑を浮かべてベッドの中、本格的に訪れてきた眠りに備えて頭から毛布を被った。
今日も忙しかったから、早目に眠って疲れをとらなくては、と瞳を閉じる。
やがて包み込むような心地良い睡魔に身を任せ――



「で、さ。今月のオレの誕生日のことなんだけど」
「……あの。
 そんな当然のように話題を切り出されても……」

眠りについてさほども経たずに、長船は起こされた。
ベッドに浸入してきた蓮によって。

「玄関、鍵かけてませんでしたっけ?」

とりあえず、心配なことを尋いてみる。
家に帰ってすぐに鍵をかけていたはずだが、記憶違いだったろうか。男の一人暮らしとは言え、今のご時世では物騒なことには変わりない。
「なーに言ってんだよ、長船。合鍵使ったに決まってるだろ」
「………私は蓮さんの部屋の合鍵を持ってますけど、
 蓮さんに私の家の合鍵を渡した覚えは――」

「で、今月の誕生日のことなんだけど」

……勝手に持ち出して作ったな…………

結構な犯罪なのだが、長船はもう追及するのを諦める。
蓮に一般常識を認識させるなんて、やるだけ疲れるだけなのだから。

胸中で溜息を吐き、とりあえずは向き合っている蓮に枕を譲る。

「誕生日のことですか? 丁度良かった。
 何が欲しいか訊こうと思ってたんですよ」

いい年齢こいたおっさん(暴言)二人が、一つのベッドの中で向かい合わせに寝転んでする話ではないような気がするが、そもそもシチュエーションからして間違っている。
だが長船はとうにそんなものは諦めている。
要は気にしなければ良いのだ。

「長船」

長船がそんな風に開き直るのと対称的に、蓮の声は真剣だった。

「……はい?」
自然と表情も引き締まる。(ベッドの中で向かい合わせに寝ていることを除けば)

「オレはこの先、十年分のプレゼントは要らない。
 だから……頼む――」

蓮がこんな声を出すのは、小学校以来だ、と長船はぐっと息を呑み込んだ。(ベッドの中で向かい合わせに寝ていることを除けば)


「ちゅーさせてくれっ !!!」


さぁっ……、っと、頭の中で小麦が軽やかな風に踊る音が聞こえた。いや、石が砂に砕けて空気に溶けて行く音かも知れない。
とにかく、長船の思考は硬直した。
したと言うのに構わず蓮は饒舌に語りだす。やたら熱心に、けれどうっとりと。

「お前とちゅーが出来るなら、十年……
 いや、二十年の誕生日をつぎ込んでも良い!」
長船が聞いていてもいなくても、そもそも蓮は構わない。
ぐっと拳を握り締めて、さらに熱く語る。

「心配するな! お前に嫌な思いをさせないために、
 テクニックは磨いてきた! 自信はあるっ!」
「あ……あんた、本当に何考えてんですか、一体……」
もうすでに何やら嫌な思いを強いられている長船は、喉から声を絞り出して何とかそれだけを呻いた。

蓮がこんなことを言い出すのは初めてではない。
恐らく、もう慣れたと言って良いくらいはあったろうか。

何かと長船へのスキンシップが激しくなりだしたのと前後して、「長船はオレのこと好き?」だの、「本当に愛してくれてる?」だの、どこのさみしがりやの奥さんかと思うほど頻繁に聞いてくるので、長船はその愛の告白を単なる言葉遊びだとしか受け止めず、蓮の想いはいつもあっさりとあしらわれているのだ。

「オレは長船のことしか考えてないさ。
 長船と ちゅー することしか…… !!!」

熱心に訴えるが、その、妙に芝居がかった熱心さが信用されない一因であることに、(頭が)可哀相な蓮は気付いていない。(これを自業自得と呼ぶ)

「それで何が欲しいんですか?」
長船はすっかり呆れた顔で冷たく言い放つ。

「長船とのちゅー!」
「だ・か・らっ! それ以外で!」

駄々っ子蓮くんの力も及ばず、目を三角にして低い声でダメ出しをする長船(その姿は、まるで玩具を買ってくれと強請る幼児を叱る母のそれ)に、蓮の元より短い堪忍袋の緒が切れた。
長船の両肩を掴んでいる手に力を込めて、ぐっと押さえつける。

「い・い・だ・ろ、ちゅーくらいっ! 減るもんじゃなしっ !!!」
「心が磨耗します!」

負けじと身体の向きを変えるようにして、長船も目一杯抵抗する。

「さ・せ・ろ・よ !!!!」
「嫌ですって言うか、何いきなりマウントとってるんですか!」

暴れる長船を押さえつけて身体に乗り上げると、彼は(当たり前っちゃ当たり前だが)一層暴れだす。

「いい加減にしろよ!」

この場合、いい加減にして欲しいのは長船である。

しかし、頭に血が上っている蓮には自分の不当さよりも、長船の拒絶が許せない。ばたばたと暴れて拒み続ける両手首をそれぞれ掴んで、身体の下にいる長船を押しつぶすように上体を寄せる。

「ちゅーさせろって言ってるだけだろう!
 別に、舌入れてちゅっちゅっ吸わせろとか、身体中全部舐めさせて、
 唾液でベタベタにさせろとか、乳首を舌で転がさせろとか、
 内股に噛み跡つけさせろとか!
 お前の(自重)が(自重)になるまで(自重)て(自重)て(自重)とか、
 (自重)に(自重)入れて(自重)にさせて、(自重)て(自重)を
 (自重)ろとか、お前の(自重)がぎちぎちになるくらい(自重)を
 思いっきり(自重)、探り当てた(自重)目掛けて(自重)、
 (自重)目一杯(自重)て(自重)とか、その上、(自重)の(自重)
 させろとか言ってないだろうがっ !!!」

「おっ、おまわりさーん! 変態がーッ !!」




 ‥‥  暗 転  ‥‥ ‥



「何でだろう。何だか途中から、意識がなくなったような気がする」
「気の制ですよ」
「後ろ頭にたんこぶができてる気がする……」
「蓮さん、昨日、頭ぶつけてたじゃないですか」

長船の言葉に、そうかーと簡単に納得する蓮。

勿論、我を忘れるほどヒートアップした蓮の後頭部を、ベッドサイドテーブルに置いてあった目覚まし時計で殴って気絶させてその場を収めたのは言うまでもない。

「それでちゅーなんだけど」
出来ればその衝撃で、この時間のことを忘れていてくれていたら、と言う長船の願いは脆くも崩れた。
邪気のない笑顔を見せる蓮のそれが悪魔の笑みに見えたとしても、長船に何の落ち度があろうか。
困惑している長船をよそに、蓮は可愛いつもりなのか知らないが、上目遣いで長船を見上げ、ねぇねぇと催促してくる。

「長船、ほら、目を瞑って」
言って、何故か照れながら唇を大きく突き出す蓮を、何とか視界に入れまいと長船は顔を逸らした。
しかしそうやって避けていても、長年の付き合いはダテではない。

長船はちゃんと理解っている。

今の蓮の瞳は、何があっても 、たとえ記憶喪失になったとしても要求をしつこくしつこく突きつけてくることを。
ならば状況は打開しなければ、蓮は帰ってくれないし、自分の頭は痛いまま。仕事に至っては、遅刻どころか欠勤にすらなり得る。

ならば、このテだけは使いたくなかったが……

長船は断腸の思いで決意した。
いや、せざるを得なかった。

尚も変な生き物のように突き出した唇で迫ってくる(気持ち悪い)蓮の肩を、長船はがっしりと掴んで引き止める。
驚いてこちらを見返す蓮の目には、ありありとした不満が見て取れたが、長船は相手が口を開くより速く、笑顔を浮かべて口早に切り出した。

「分かりました、蓮さん。ちゅーしましょう」

長船の台詞に、蓮はぱっと顔を明るくした。
「長船! 分かってくれたのか!」

「ええ。蓮さんがそんなに私のことを想っていて下さっていたなんて……」
「いいさいいさ、そんなこと。さあじゃあ、いざっ!」
満面の笑みで言いながら長船の腰を引き寄せて、再び顔を近づける蓮に待ったをかける。

「待ってください、蓮さん。
 これは蓮さんへのバースディプレゼントじゃないですか。
 私から蓮さんに贈るのが正しいと思うんですが……」
多少、口の端が引きつるのは仕方ない。

だが蓮はよほど浮かれているのか、そんなことには気付きもせず、長船からの提案にさらに表情を緩めた。

「そっ、そうだな! やっぱりそっちの方がプレゼントだよな」
長船から求められる、と言う、夢のようなシチュエーションに大概酔っているのか、にまにまと締まりのない笑いをこぼし出す。
「そ……それでは蓮さん。
 目を閉じてもらえますか……?」

(やや震える声での)懇願に、蓮はえーっと不満そうに声を上げたのだが、
それを見越していたように、長船が一変して「恥ずかしいので……」と呟くと、かなりあっさり言うことを聞いた。

瞳を閉じ、心持顔を上向けて、長船からの愛撫を待つ口元には、緩みっぱなしの笑みが浮かんでいる。
それを見て、長船の良心はほんの一瞬間だけ痛んだ。(実際はもっと短かったくらいの呵責だが)
だが感傷は命取りだと思い直し、蓮に顔を寄せる。

蓮の前髪に長船の額が触れてくすぐり、鼻先が掠め、相手の唇から漏れる吐息が唇に届き――、

乾いた、少し硬い感触が触れて、一瞬で離れる。

追いすがる間もなかったそれは、まさに粉雪のような軽さと儚さで、けれど蓮の中に確かな余韻を残した。

「……………」
目を閉じたまま、その僅かな余韻を味わっていると、もう離れていってしまった長船が、「どうでした……?」と尋ねてくる。

「……うん………」
蓮はゆっくりと目を開けた。目の前には不安げな長船の顔。
可愛い彼を安心させるために蓮は微笑み、

「良かった………」
と、たっぷり感情を込めて感想を述べてやると、ほぅと長船が溜息を吐くのが聞こえた。

「長船の唇……ちょっと薄いんだね……
 それにキンチョーしてたのかな、カサカサだった……」
よほど嬉しかったのか、感極まった声で呟くその姿は、恋を覚えたばかりの少女のように赤く染まった頬に両手を添えていて、大層気味が悪くて寒々しい。この男はいくつだろう。

「……す、すみません……」
「ううん、良いんだ。
 オレと長船の記念すべき初キッスなんだから」

うっとりと感触を思い出しているのだろうか(気味悪いことこの上ない)、熱っぽい溜息を吐く蓮を尻目に、長船はちらりと右手の人差し指と中指の甲を見下ろし、

『やっぱり指の腹側の方が良かったかな――』

ひそりと胸中で思ったのだった………









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蓮くんの誕生日って結局何日でしたっけ??
こう言う、下品なバカネタは大好きです。