= アダルトサンタと長船くん =




頭痛をこらえるのが、日課のように感じ出したのは最近のことではなくなった気がする。
気が付けば、鈍い鈍い、脳髄を響かせるような鈍痛に考えるちからを奪われて、その痛みに顔を顰めるのは、こんなに頻発する頭痛にしてはいつまで経っても慣れない。
痛みに慣れたいとは思わないが、麻痺してくれたっていいんじゃないか?
誰にともなく胸中で悲鳴を上げて、長船はゆっくりと瞳を押し上げた。

「……………」

いっそ、目を開ければ悪い夢から醒めやしないかとも一瞬だけ期待していたが、よもや諦め果てたはずの自分に、まだそんな淡い感情が残っていたことに苦笑を浮かべる。
傍から見れば、泣きたいような笑いたいような、憧憬に想いを馳せる遠い表情に見えたかもしれないし、砂に還る時はこんな顔かも知れないと思うような――どうしようもないと一言で言ってしまえばそれだけで足りるような――表情だったが。

「……………あのぅ」

とりあえず一言発してみる。


目の前でニコニコ顔で自分を見つめている蓮、に。





クリスマス・イヴの夜、いや、日付で言えばすでにクリスマスの夜、に、連日の激務で疲労困憊の身体を引き摺って何とか自宅に戻ったものの、何をすることもできずにそのままベッドに倒れこんで眠りに落ちた長船は、イヴの夕刻近くに忽然と姿を消した蓮によって起こされた。深夜の突拍子もない時刻の来訪には慣れたとは言え、さすがの長船も目を丸くするしかなかった。

ベッドの上の自分の身体に跨り、無邪気な笑顔の横に垂れるほど尾の長い帽子を被った真っ赤なコートのイカレサンタを見つけては。

最早、呆れる通り越して関心すら覚えてしまう蓮の乱行は、疲れが最高潮に達している長船に無条件で謝らせてしまうほどだ……だと言うのに、ヤツはのたまった。

「メリークリスマス長船!
 良い子の長船に、サンタさんからのプレゼントさっ!
 さあ、思い切りオレを! 『四宮蓮』を貪るが良い!」

……そうかアンタ、だから夕方から姿が見えなかったんだな。

寝起きで覚醒していなかった頭は、この瞬間から確かな痛みを訴え始めた。

「遠慮します」

喉元まで出掛かった、帰れっ、の悲鳴を何とか呑み込んで、震える声でそれだけを告げる。鋭いはずの蓮は、こんな時は自分の気持ちを推し量ってくれない。そんな長船の痛切な想いを、蓮は(当然のごとく)汲み取ることもできず、鷹揚に頷いてみせた。

「遠慮することないぜ。お前のために――」

そこで言葉を区切り、突然コートのボタンを外し始めた途端、何故か長船の頭痛に悪寒が加わったのだが、そんなこと全くお構いなしの蓮は、ボタンの外し終わったコートの袷に勿体をつけるように手をかける。

「精一杯、おめかししてきたんだぜっ」



――ばさりっ、とはだけたコートの下は。



「着てないじゃないですかーッ!」




しかも、(気付きたくもなかったが)蓮の裸の乳首が妙にてらてらと赤黒く輝いていて、明らかに何らかの卑怯な薬品を仕込んでいることに長船は泣きたくなった。しかも、何の冗談か勝負下着着用済み、で。



「さあ、良い子の長船。
 お前へのプレゼントを、思う存分弄んで弄り倒せよ」

やる気満々でコートを脱ぎながら、長船の上から降りて隣に寝そべるとセクスィーポーズを取ってみせる。
思わずこみ上げてきた酸っぱい物は喉のところで堪えた。

「人聞き悪いこと言うのやめてください。
 あのねえ、アンタ本当にいい加減にしとかないと、警察呼ばれますよ?
 いやもう、呼びましょう」
「可愛いサンタは、良い子の笑顔を見るのが仕事だ!
 良い子にプレゼントを届ける所業の何が犯罪か」
「罪の自覚がないことが犯罪です。
 サンタの行為はそもそも不法侵入なので、
 見つかったら現行犯逮捕が国際連邦の常識です」
「子供の純粋な夢の世界を、大人のエゴで破壊するなよな!」
「今のアンタが一番、夢の世界を滅亡させてんじゃないですかっ!」
さすがの長船も、エスカレートしていく声のトーンを止められない。

「だってオレは、アダルトサンタさんだもんっ☆
 だから、どんなプレイでだってご奉仕して、
 長船を満足させてあげられるんだもんっ」
妙なしなを作りつつ可愛らしいつもりか子供言葉でごね、両手を何だか怪しく卑猥に蠢かせる蓮に、長船はとうとう怒鳴らずにいられなかった。


「帰れっ!」


はた、と。

激情のまま口走ってしまった言葉に、長船は我に返った。
急速に頭に上った血が降りて行くのを感じながら、冷め過ぎた思考に唐突に後悔が噴き出し始める。

目の前には、長船の言葉に呆然と固まった蓮。

「あ………あの、蓮さ……ん?」


恐る恐る声をかけてみるが、蓮はすうっと醒めたような眼差しでじっとこちらを見つめ返しているだけだ。


「長船――」


やがて、静かな、それまでのおふざけが嘘のような真剣な声で、蓮は呟いた。長船はごくりと唾を飲み込む。真剣な彼の目をしっかりと受け止めて。


「…………はい」

「オレが勘違いしてたよ。
 長船は、熱く悶える身体の疼きを
 どうにかしてもらいたかったんだよな?」




 ………………………





ばっちりだ、可愛いアダルトサンタはどちらにも対応している、勿論良い子の長船にだけのスキルだ! ……とか何とか。上ずる調子の蓮の言葉も最後まで聞いていられずに、長船は項垂れる。



ばかだ。

ばかだばかだとは思っていたが、よもやこの極致にまで至っていようとは思わなかった。


絶望感に打ちひしがれながら、(良く考えたら何でこんなアホな出来事で自分だけがここまで悩まにゃならんのかとも思ったりしながら)長船はこの男をここまでノータリンにしてしまっただろう自分を激しく呪わずにはいられない。

「れ……可愛いサンタさん」
「うん?」

うきうきと色々なオプションサービスの内容を事細かに、憚りもせずに口に出して説明していた可愛いサンタは、『可愛いサンタ』呼ばわりされたことが嬉しかったのか、説明を中断させられたことには頓着せずに満面の笑顔で返事をしてくれた。

「実は、私の大切なひとに、大切な気持ちを込めたクリスマスプレゼントを
 渡し損ねてしまったのです」
「………大切なひと?」
僅かに蓮の柳眉が曇る。が、長船は気力で微笑んだ。
「ええ、四宮蓮さんと言う、私の命よりも大切な方です」
「…………!」

思いもよらない告白に蓮は激しく動揺したようだった。長船はベット脇の引き出しから小さな包みを取り出して彼の手に握らせて言った。


「これを五階上の部屋の蓮さんの枕元に、
 こっそり置いてきて欲しいんです。
 明日の朝、きっと蓮さんは笑顔でわたしに報告してくれるんです。
 私にとっては、それが最高のクリスマスプレゼントなんです」


「………………長船………!」


いたく感動した蓮は、分かったと、使命感バリバリで部屋を後にした。
恐らくこの後部屋に戻った蓮は、長船の言葉を思い出しては反芻して、感動の余韻に浸ることだろう。そしてそれは数日は続くはずだ。

後に残った長船の、深い深い溜息だけが部屋に木霊していった。









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あほじゃのー。