= わがまま だいおう =
朝、は誰にでも平等に訪れる。
「………」
上等のタブルベッドからのそりと身体を起こした蓮は、まだ開け切らぬ目を片手で覆いながらベッドから降り、ぺたぺたと裸足でリビングのドアを開けた。病院の回転のために、ここしばらく働きづめだったから、たまの休みくらいは昼近くまで寝ていても文句は言われまい、と言うほどの時刻に起き出した蓮は、自分より先に起きて、食事の支度を整えているだろう同居人に呼びかける。
「長船ー、今日はパンが食べたいから、よろしく」
――が。
いつもならば伸びた声に「おはようございます、蓮さん」と応えてくるはずの長船の挨拶がない。
「…………?」
さすがに目を覚まして見回す、が、きちんと整理されている広々としたリビングには自分以外誰もいない。
「………長船?」
だが返事はなく、結局、玄関に靴がなかったので外出したのだろうことは分かった。探しがてら、キッチンで『朝は食欲がない』と、思春期の少女のような御託を抜かす蓮のために、少量の、上品な和食が整えられているのを見つけた。
蓮は険しい表情でうろうろと見回すのだが、どこをさがしても書き置きのようなメモも見つからない。
起きざまから、疲れたような深い溜息を吐いて、ソファに腰を落とし、考えるように口元に手をやり、また立ち上がる。
昨夜、何か外出をほのめかすような発言はなかったかと、会話を辿るが思い当たらない。それどころか、久し振りの休みだし、また弟をからかいに行こうかと冗談めかした言葉に、苦笑いで相槌を打っていたから、何かの用事があったとは考えられなかった。
それとも病院から呼び出されでもしたか、とも思ったが、それなら寝室の電話がまず鳴るはずだし、それが鳴れば自分も起きる。
携帯電話に連絡して、場所を確かめるのは簡単だったが、それは手段としては、頭から除外されている。
長船が『蓮くん』から『蓮さん』と呼び替え始めたころから、自分は彼にとっての『目標』であり『尊敬』の象徴であったはずだ。
たかが姿が見えないくらいで、助けを求めるような電話は出来ないし、彼を信頼している自分は、そんな真似をしない。
足を引き摺るように冷蔵庫に近付き、中を漁って、とりあえずチーズを腹に入れておく。
長船が帰ってきたら、どうして苛めてくれようか。
そんなことを考えながら。
もう辺りも暗くなったころ。
明かりのない部屋に、足を止めた長船は蓮に呼びかけた。
「蓮さん?」
不審に思いながらリビングの明かりを点けると、正面に、ソファにどっかりと腰を下ろして不遜な態度で踏ん反り返る蓮がいた。
長船が絶句したのは、その周りの状況で。
それはそれは………散らかっていた。
読み散らかした雑誌、新聞、広告にいたるまで、全てが重なり合うことなくフローリングに散らばっているし、その上には、丸めた銀紙がいくつも転がっている。テーブルの上には、客でも来たのかと思うほど、使用済みのコップが並んでいるし、着替えたらしい寝巻きも、それはだらしなく寝そべっていた。
明らかに悪意のある散らかしように、黙っていると、人懐こい軽薄な笑顔を浮かべた蓮が、親しげに手を上げて見せた。
「やぁ、長船」
それには半眼で、
「蓮さん、何やってるんですか………?」
「何ってほどでもないだろ。お前に比べたら」
妙に険のある物言いに、長船は室内を見回してぼそりと告げる。
「買物に行ってたんですよ。お茶パックが切れてたから。
すぐ帰るつもりだったんですけど、病院に寄ったら、捕まって……」
「こっちには連絡なかったけど?」
「事務作業嫌いでしょう?」
蓮は首を傾けて、腕組をして言った。
「大体、書き置きを残すとかより、何でオレを置いて行くかな?」
「最近忙しかったでしょう? 蓮さん、良く眠ってたので。
それに、出る時は本当に買物だけだったんですよ」
そう答えると、蓮は嘆息を漏らした。
「……しかし、よくもまあ、これだけ散らかしましたね」
それには肩を竦めて誤魔化したので、長船はとりあえず部屋を片付けようとした。
「長船」
片付ける手を止めさせて、蓮はにっこりと笑った。
「先にお茶」
「はい」
気に入らないことがあると、子供のように融通が利かなくなるのは、自分に対してだけのわがままだと、長船は承知しているのだが、本当は、『子供のように融通が利かなくなる感情』を抱かれていることは知らない。
蓮を敬愛する、愛しい幼馴染は、搦め手の通用しない手強い『コイビト』なのだ。
「蓮さん朝食、食べてないんですか?」
「今日はパンの気分だったんだ」
「…………蓮さん、老後どうするんですか……」
「安心しろよ。老後はオレが面倒見てやるから、さ」
「…………………信じませんよ、そんなの」
「アララ」
本っ当に、手強い。
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蓮蘭は好きです。蓮くんが軽くあしらわれてそうなところが。
でもなんで二人、同居してないんだろーかー……