◆◆ 白い息の向こうの風景 ◆◆





ぽっかり浮いた人工の明かりの端っこから漏れた白い息は、暗闇に曝されると儚く消えた。それを面白がるようにして、長く息を吐いていた。

「何してる」

不遜な問いはすぐ後ろの方から聞こえて、テルは振り返った。
相手が誰だか分かっているから、緊張感もない。

「待ってろって言ったの、誰っスか」
不満そうなテルの言葉を、しかし北見はさらりと無視する。


12月11日。
本日の業務終了間際、帰り支度をしていたテルを呼び止めたのは北見だった。
何かと思っていたテルに素っ気無く『表で待っていろ』とだけ言い残して、北見は残務処理に消えた。

すでに陽の落ちた空には月が昇りかけ、肌をさす冷たい風は、容赦なく西から吹き付けてきた。その寒空の下、玄関脇の植え込みに腰を下ろしたテルは、十分と待たずに両手を摺り合わせ始めた。身体を小さくして両手に息を吹きかけだしたのはそれから少し経ってからで、結局待ち時間は三十分もなった。
それでも早い方だとテルは感心しているのだ。


「寒いなら中で待ってれば良かったろ」
「待たせといて言うセリフかよ……」
上目遣いに睨みつけて恨みがましい声で非難する。

「ならもう少し待ってろ。車を取ってくる」

流れるような動きで踵を返した北見を、テルは慌てて呼び止めた。

「オ、オレも行く!」

寒いもん。そう付け足して駆け寄ってくる。
北見はしばし無言でそれを見つめていたが、ふとコートのポケットに手を突っ込んで、取り出した手袋を突きつけるように差し出してきた。

テルが反射的に受け取ると、さっさと視線を避わして速度を緩めた歩みを再開する。

「……………」

ぱちくりと瞬きをして、受け取った手袋を凝視する。
いかにも高価そうな革の大きな手袋は、北見がしてたらきっと格好良いんだろう。
そんなことを思いながら、そろそろと手袋を指にはめる。
どうにも指先が余ってしまうが、着け心地は悪くなく、指を曲げる度にたてる革独特の音がそれっぽくて面白かったし、何より寒くないのが今のテルにとって一番嬉しかった。
そうして、すぐに機嫌を直したテルは北見を追いかける。

「欲しいものはあるか?」
「………へ?」

職員の駐車場へは、表玄関から敷地を一周するように回り込むしかない。
弱い明かりのついた人気のない道を歩きながらの言葉は、聞き逃さなかった。

「11日だろ?」

北見は、二歩後ろを着いて来るテルを振り返る。


12月11日。
朝から色々な向きから祝辞と貢物を頂いた。
圧倒的に食料品が多かったことを大げさなくらい有難がったテルを見て、ナースなり患者なり同僚なり、は、翌年も彼の笑顔を見たいと望んだものだ。
テルのロッカーには、今も持ち帰りきれなかったプレゼントが仕舞い込まれている。
鼻歌を歌いながらそれらを眺めていた姿を北見に目撃されていたのは、テルも知っていた。


「何かないのか? 要るものは」

急かすような声に、テルは足を止めた。

数度の瞬きのあと、強い訴えを眼差しに宿らせて、テルは躊躇いがちに口を開く。
手袋をはめた両手を北見に見せるよう持ち上げて。

「……………コレ……」
「今欲しいものじゃない」

「だからホントにコレ、欲しいんですけど……」

頭を横に振って否定するテルの言葉に、北見は顰めっ面で嘆息した。

「そうか。
 なら、お前に合うのを買ってやる」

「じゃなくって、コレが良いんだって」
「安物だぞ」
「つったって、千円なワケないんだろ?」
「二桁もしない」
「じゃ、やっぱ高級品なんじゃんか」
「ダースでくれてやっても良いぞ」

「………じゃなくて〜、オレが欲しいのはコレなんだってば」

口を尖らせて反論したテルは突然、はっとしたような顔をして胡乱に尋ねてくる。

「もしかして………人から貰ったモノ、だった り?」
「人に贈るほどのものじゃないと言っとるんだ」

「気になんないんだから良いじゃん。
 どうせオレは500円の手袋しか持ってねえんだし。
 コレ、くださいよ」

何がそんなに気に入ったのか、革の感触を楽しむように両の指を何度も曲げては遊んでいる。
茶化すような目で見上げているが、二年も付き合えば最も融通が利かなくなるのがこの表情だと言うことを知っている北見は、長い溜息を漏らす。


「……わかった。
 その代わり、新しい手袋を選ぶのに付き合えよ」

北見らしい承諾を聞いて、テルは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「うぃっす!」
「その前に、夕飯だな」

駐車場へ足を速める北見の言葉に、途端に腹がぐうと鳴る。

「聞く前に言っておくが――せめて少しは気を遣ってくれよ――
 それで? 何が食べたい?」

「ハンバーグ!」

「…………………………」
「?」

「やっぱり一ダースにするか……」
「うわ! ウソ、ウソです、ウソッ!」

慌てて訂正して、高価そうな食べ物を思い浮かべようとするのだがこう言う時には出てこない。あと何回の言い直しが効くのかは判らないが、テルは北見の手袋ごとぎゅっと指を握り締める。


取り上げられはしないだろう革の手袋は、彼の手の中で小さな音を立てた。