□ チョコレート □
「おい」
北見は怒り一歩手前の不機嫌を辛うじて保っていた。
「何スか?」
その気配をまだ悟ることのできない子供が声に振り返ったのは、北見宅のリビングルームでのこと。
仕事帰りに連れてきてやったは良いが、まだいくらかの残務を私室で片付けている間、子供は暇に飽かせて好き勝手にやったらしい。
今は床に直接腰を下ろして、どこから引っ張り出してきたのか、雑誌を広げて読んでいる。
その前は多分、新聞と広告(多分こちらが本命だったのだろう)を見ていたのか、残骸が散らかっていた。
散らかってと言うのは喩えではない。
推測するに、床に置いた広告に、自ら足を捉れて転ばない限り起こり得ないような散らかり方だ。
帰りの途中で寄ってやったコンビニで、何かを大量に買っているなとは思ったが、ほとんどは菓子だったらしい。
確か夕食は満足に与えたはずなのに、レジ袋の半分以上は菓子の空き袋で埋まっている。この欠食児童が!
北見の苛立ちには気付かず、テルは見上げた首を傾げる。
何から始めれば良いのか迷っている北見の目に、ガラステーブルに散らかった、色とりどりの粒が入った。
「それは何だ?」
「チョコレートっスよ。マーブルチョコ」
指示す先に視線を走らせたテルが短く答える。
「チョコは溶けるだろう。片付けろ」
「大丈夫ですよ。
周りを硬いのでコーティングしてあっから、手で持ってても仲々溶けませんって」
そうじゃなくて、散らかりようが気にならんのかお前は、と苦い気持ちで一杯な北見に、子供は何を思いついたかそれを手に乗せて突きつけてきた。
「北見センセもどうっすか? たまには甘いものでも」
疲れが取れますよ。とか何とか、あの阿呆さ加減炸裂の笑い顔で言ってくる。
今のこの疲れの原因はお前だと、どうして気付いてくれないんだろう。
詮無いことを考える北見だったが、その●●丸出しの笑顔(名誉のために伏字)を見ていてふと悪戯が湧き上がった。
差し出された、着色料バリバリの赤い色したチョコレートを摘み上げ、口に入れる。
北見が甘い物が苦手なのは知っているから、ほんの冗談のつもりだったテルは驚いた。だからと言って、驚いたままぽかんと口を開けっ放しにしていたのは迂闊だった。
呆気に取られている間に、屈んできた北見に口付けられ、そのまま舌を突っ込まれた時にはしっかりと両腕ともにホールドされていて、逃げ出すことは不可能だったからだ。
「っん……」
粒のかたちを保っていられなくなったチョコレートが互いの咥内で溶け合って、背中が泡立つほど濃厚な口付けに絡み、より一層の甘さを増した。
完全にチョコレートの香りが消えてしまった後で、北見はテルを軽く味わって離す。いつも翻弄されるだけの子供は、この時も、半泣きの顔を真っ赤にして口元を拭っていた。その稚拙な姿に、北見は悪びれなく声を投げる。
「凄いな、お前の子供体温は」
何を言い出すのかと見上げたテルを、待ってましたとばかりの微笑みが迎えた。
「体温で溶けないチョコレートも溶かす」
微笑みに、優雅な悪魔の悪戯が混じった。
「あつい、クチ」
ねっとりとした言い回しに、テルは今度こそ耳まで赤くする。
「アンタだろーがっ、アンタ!」
子供の張り上げる怒り混じりの悲鳴は、北見には勝利宣言にしか聞こえなかった。
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拍手に5題にチャレンジした時のもの。その2。
不意打ち喰らってカウンター食らわす北見は、
07年のテル誕で書いた気がするなあ、ワンパターンだなあ。