◇ オレンジ ◇




「………………」



「え……と、あの………、こんばん、わ」









インターフォンが三度。

落ち着きのない間隔で鳴るのを眉を顰めながら聞いていた北見が、七度目が終わる前に玄関扉を開けた直後。

そこにちょこんと突っ立っていた出来の悪い部下の姿に、半ば呆然とその顔を見つめた。


「お前………
 何してるんだ、こんなところで」
「………いや、あの……」

北見がテルの叔母の吉報を聞いたのは、つい数時間前のことだった。
今もテルは病院で叔母に付き添ったままだと思っていたので、この来訪に面食うのは当然だろう。

「病院にいなくて良いのか?」

尋き方は間違ってはいないのだが、北見も困惑していたせいで、どうしても口調がつっけんどんになってしまう。だから、その声に萎縮したようにテルが顔を俯かせた時に、しまったと胸中で舌打ちを漏らした。

「き……着替えを……取りに帰って……
 ………んで、今から、あの……また病院に、戻る途中……で」
「誰か付いてるのか?」

「……あ、うん。叔父さんが」

そのまま口を噤む輝の両肩が雨にでも打たれたらしく、僅か濡れていることに北見は気付いた。


ただ、それが酷く。この小さな男の身体をより小さく見せていた。
憔悴したような表情をまじまじと見つめて、何かを伝えたいような、そんな顔をしているみたいだと思った。


「何かあったのか?」

未だ玄関の扉の前で縮こまるテルに、腕組をして問う。

身長差に加えて上がり框の高低差のために、テルが北見を見上げるのは多少の苦労が要った。
仰ぎ見るように上向かれた瞳が、より何かを言いたげに見据えると、そこで初めてテルは手を伸ばした。北見のシャツの胸元を掴んで軽く引き寄せる。


「………?」


何かと思う間もなく、掴んだ手を支えに背伸びをしたテルに、北見は接吻けられた。

ひんやりと感じる唇の感触が懐かしく思えて、北見はされるがまま唇の愛撫を受けていた。
テルがこんな風に突拍子もなく触れて来ようとするのは珍しいことではない。
しかし。いつも触れるだけで満足するこどもだけに、北見の反応を催促するような態度は珍しかったが、この数日を思えば意地悪をする気にはならず、北見は求められるままにテルの口付けに応える。
あまり深追いせずにしたいようにさせている内に、テルは満足したように吐息を吐いて唇を離し、そのまま北見の胸元に埋まるようにしがみ付いた。


「………?」

たまにネジが外れたようにじゃれて抱きついてくる事はあるが、その時とは雰囲気が違う。
北見は戸惑いながら、ただ、テルの背中を宥めるように何度か撫でてやった。



シャツを掴む指にも、貼り付いて来る温もりにも震えの一つも感じなかった。だが、まだ乾き切らない両肩の雨の染みが、このこどもを怯えさせているようで。





「もう良いんだぞ」




一人ごちた北見は、ぎこちなくテルを抱き締めてやった。






そっと、オレンジが香った。







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パパの命日に、親不孝な北テルでした(苦笑)。
突貫でやったので、次の週で痛い目を見たのは良い思い出。