賭けのはなし

「スコール、勝負しようぜ」
その日の開口一番がそれで、スコールは思わず半眼になった。いつもうるさい片割れの20歳児がいないところを見ると、暇になったんだな、と内心ぼやく。
相手はこちらの気持ちなど一切理解しようとせず、相変わらずの陽気さで続ける。金色の髪が陽に輝いて色んな方向に反射する様に似ている。色んな方向に迷惑をかけるのだ。

「俺が勝ったら、生足ベルト装着な!」
「なぜそれにこだわる!」

頓狂は発言は今に始まったことではない。
実はこの話題は今までも何度か繰り返されているが、その度にスコールは逃げ出しては難を逃れていた。

「俺はこの勝負に勝って、お前をエロいスコール略してエロールにするんだ!」
自分の名前を激しく汚された気がしてしょうがない。そのうえ、

「ジャケットは邪魔だが、手袋は絶対装着だ!」
などと、マニアックな注文をつけてくる。
(色んな意味で)うんざりと閉口するスコールの視線などお構いなしに、ジタンは臨戦態勢を整えている。

「何で俺が…」
なんとか呻くものの、独り言のような声が届くはずもない。
相手はスコールを指していた手を腕組みに変えて、にぃっと口角を上げた。

………良くない笑みだ。

「その代わり、お前が勝ったら
俺のこと好きにしていいぜ」

渋面を浮かべるスコールをどうとったのか、ジタンは最高の冗談でも言ったような会心の笑顔を浮かべている。

「……」
スコールは短く息をつく。

どうもこの盗賊は、どうあってもスコールを暇つぶしに付き合わせるつもりらしい。いつも徒党を組んでいるバッツがいないことが幸いなのか災いしたのか分からないが、今ここで叩いておけばしばらくはバカなことを言い出さなくなるだろう。

そう結論して、スコールは重い腰を上げた。
ようは勝てば良いのだ、勝てば。どんな汚い手を使っても。
.
.
.
.
.
.
.

「……あんっなん、アリかよ、汚ッタネー!」
「最初に勝負を持ち込んだのはそっちだ。
負け惜しみの方が醜い」

淡々と吐き捨てるスコールの言葉に、ジタンはぐっと押し黙る。

結局、意外にあっさりと勝負はついた。速さと接近戦を得意とする相手に対して、距離を保ったまま力業のみで押した汚い戦法を使い、ジタンを空に逃がすことなく叩き潰した。正直、ブラスティングゾーンとラフディバイドを交互に連発する姿は実に大人げなかった。

「満足したか?」
素っ気なく呟くと、仰向けに寝っ転がってぐちぐちと恨み言を続けていたジタンが上体を起こす。
「ちぇーっ!
服の裾を抑えて恥ずかしそうにガンブレード振り回す生足ベルトエロール見たかったのになー!」

想像するだに(いや断じてしたくないが)おぞましい妄想を心底悔しそうに言わないで欲しいものである。いったいそれは誰得だ。
ぞっと鳥肌を堪えるスコールを余所に、ジタンは頬の絆創膏を剥がして捨てながら彼を見上げる。

「――で?」
「……?」

小首を傾げて促してくるジタンの視線の意図を図りかねて、スコールも頭を捻った。
先に問うたのはこちらのはずだったが、と思ううちに、彼はするりとスコールの胸元にすり寄ってくる。

「ご命令は?
ゴシュジンサマ?」

つたない棒読みのくせに、見上げる瞳にはあからさまな艶が混じっている。何を期待されているのか、理解しなくもなかったが、スコールはそれをおくびにも出さずに黙ってジタンの背中に伸びる髪に触れる。

「?」
「そうだな……」

彼の金色の髪は、自分のものとは全く質が違うようで、あまりにも軽くて、滑らかでそのうえ柔らかい。

「髪を下ろしたところを見てみたい」

「………そんだけ?」
「それでいい」

「ふーん……」

言いたげな顔で、だがそれ以上は何も言わずに求めに応じたジタンは、髪を縛る一括りの紐を解いた。頭を振って髪を撫で付ける動作に揺れる、金糸の光の反射が面白くて眺めていると、ジタンが笑みを含んだ声で「もっとイイコトでも良かったのに」と漏らす。
「……」

実は考えていた。
スコールの思いつく限りのえげつないことを、それこそ山ほど。

ただ、

『そんなこと、どうやって口に出せるって言うんだ……』

口にしたところでジタンの反応が怖いし、居たたまれなくなるのは間違いない。こう言う時、口下手でよかったと思わなくもない。
飲み込んだ言葉を悟られないように装うことも、得意な方だ。それが災いを招いたことも多いが。
今回は成功した方だろう。

胸元に垂れる金髪を良く見るために座り込んで見上げたジタンは、いつもと違う雰囲気で微苦笑を浮かべている。

「ま。良いけどね」

溜息交じりに呟いたジタンが、スコールの膝の上に背を向けて腰を下ろした拍子に、ふわりと揺れる髪がからかうように鼻先を掠める。

「………」

重心をかけてくる体に腕を回してジタンを抱き締めると、満足そうな顔で首筋に擦り寄ってきた。

ああ、そうか、と。スコールはふと思いついて、ジタンの首の後ろの髪を描き分けてうなじを晒すと、そこに唇を寄せる。驚いたジタンが動かないように腕に力を込めて拘束してから短く口付けた後、きつく吸い上げてキスマークを残した。

痕をつけられた箇所をなぞるように指を添えて振り返るジタンは、呆気に取られた様子で珍しく目を丸くしていた。

「やるじゃん」
「髪で隠れるからな」

「俺は別に、隠さなくてもイイけど?」

「…………」

思い切り眉を顰めるスコールがよほどおかしかったのか、吹き出したジタンの笑いはしばらくの間おさまらなかった。

Related Images: