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彼は大食らいだ。
と言っても大食漢と呼ばれる体型でもなければ常に飢えていると言うわけでもない。ただ、熱が出ようが骨を折ろうが、出されたものは必ず綺麗に平らげる。

誰からも大切に扱われる国王であるエドガーとは違い、彼の食事は常に死と繋がっている。だから食いこぼすわけにはいかないのも分かる。しかし、一見美徳とも思われるこの彼のポリシーも、エドガーにしてみれば特異な食いっぷりに目を背けることもしばしば。
何度教えてもナイフとフォークはうまく使えないし、マナーなど覚える気もないとしか思えない。さすがにエドガーの目の前で手掴みこそ披露しなかったものの、彼の目を盗んでフォーク一本で肉を切り分けていたこともあった。ある意味器用だと関心してもいい。
豪快に開けた口に食べ物をどんどん放り込んで行くさまはさながら掃除機だ。
だが、食事はもう少し静かにかつ和やかに摂りたいエドガーにとって、彼とともに過ごす夕餉には時に苦痛すら感じさせるものがある。
「………」
手が止まってしまったエドガーは仕方なくナイフとフォークを皿に置いた。
何だかよく分からない(聞き逃した)魚のパイ包みは三分の一ほどしか手を付けられていないままだと言うのに、対面しているロックの皿にはもう三枚目の空き皿が重ねられようとしている。
「…………」
全く味を楽しむ様子もなく放り込まれている料理に込められたコックの気持ちを慮って、エドガーは静かにため息を漏らした。可哀想にと。
その頃にようやくロックは手を一度止めた。
「なに?
 腹でも痛い?」
しかし、答は待たずに再び再開。
お前が今、がつがつと頬張っているビーフシチューはな、コックが12時間も弱火でことこと辛抱強く煮込んでくれたものなんだよ、もうちょっとで良いから、料理人にだけでなく食材にも敬意を払ってだね……などと口には出さずに、ただ見つめ返す。

「……?」
「……別に」
ロックの訝しげな視線は受け流して首をすくめてみせたものの、すんなり食事を再開する気分にはなれなかったエドガーは皿を彼の方へ押しやってテーブルに肘をつく。

別に食べ方が汚いわけでもないのに、他人の旺盛な食欲に気を殺がれることがあるなんてエドガーは彼に出会って初めて知った。唯一、家族だった弟がいなくなってから食事は常にひとりだった。毒見係はいても彼の後ろに控えているだけで、ともに食卓を囲むはずもない。
誰かと話をしながら食事を楽しむことはエドガーには久しかった。
国王である以上、彼は常に孤独に身を置いているし、それにはもう慣れたつもりでいた。しかしロックと出会ったことで知った自身の故寂、それを埋める彼はもはや何物にも代えがたい存在となっている。
それは今でも変わりないのだが、やはり、人として譲れない部分がある。

エドガーとて潔癖症ではない。ない、が、ロックの食事マナーには目を瞑ることができない場面の方が多い。今だってエドガーが見ている目の前で、指についたソースを舐めているし。

何をやったら指にソースがつくんだと、真剣に検証に取り掛かったエドガーの熱の入った視線があまりにも無粋だったせいか、やや迷惑そうにこちらを向いてロックは呻く。
「なに?」
少し固い音色には、不満よりも戸惑いの色が強い。
「別に何も」
「………」
不満の部分には気づいているのに取り繕わないエドガーの即答には、彼は黙ってしまうしかなかった。そしてなぜか言葉に詰まってしまったロックの居心地の悪そうな様子に、ほんの少し気分がよくなったエドガーは頬杖をついた。
本格的にロックを観察することにしよう。

「………なに?」
「何も?
 まだ残っているよ、食事を続けたまえ」
「……………」
薄ら笑みで返されると、心底不審そうな顔で眉間に皺を寄せる。それでも食事は続けるため、ロックはスプーンに手を伸ばす。

気配と視線に敏感な職業柄、エドガーの注視は感じているのだろう。いつになく慎重な手つきでスープを掬って、そこで一呼吸置いた。
がさつな彼はスープを飲む時は、大抵は皿の方を動かす。
しかしこの時は不思議なことに、ぎこちない動きでスプーンを持ち上げた。
珍しいこともあるもんだと、さらに観察を続けているエドガーの前で、ロックはそろそろと口元にスプーンを運ぶ。
「……………」
唇をスプーンに寄せて、そっと啜る。音を立てないようにと、これでもかと煩く言いつけた甲斐あってかは分からないが、ロックは静かに一口を飲み干した。
エドガーは拍手を送ってやりたい気持ちで一杯になった。
だが。

「………ごっそーさん」
「……?
 どうした、まだ残っているよ?」
思わぬ展開に戸惑うエドガーに向けて、ロックは重苦しい溜息をこれ見よがしに吐き出すと、すっかり疲労しきった面持ちを浮かべて席を立つ。

「見られてると食べにくい」

「……私の気持ちが少しは分かったか」
エドガーは部屋から出て行くロックの背中を見送ってから、パイの皿を引き寄せるのだった。

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